今日は私の誕生日。
沢山の方にお祝いしてもらいました。
お祝いメッセージを貰うと心があたたかくなります。
ありがとうございます。
先輩から誕生花の種をいただきました。
誕生花が何かなんて生まれてから今日まで全く知らずに過ごしてきました。

私の生まれた日、9月10日の誕生花は『アスター(和名:エゾギク)』だそうです。
しかも白色限定なんだそう。
アスター という名前にも エゾ という地名にも妙な縁を感じてしまいました。
そして柄にもなく花言葉も調べてみたのですが、
『信ずる心』
だそうです。
「私を信じてください」「私に信じさせてください」とも書いてありました。
なんだか心にささる言葉です。
だけど、私はどちらもあまり好きではありません。
私は「自分自身を信じる心」が欲しいです。
強く信じることができて揺るがない気持ちが。
とにかく、なんだかアスターという花が大好きになりそうです。
お花の種を貰うのって嬉しいものですね。
土と鉢を買ってこよう。
ちょっと誕生日と最近の私について語ります。。。
いつからか誕生日というものをあまり楽しみにしなくなりました。
年を取るのがイヤだからというわけではなくて、誕生日という記念日が苦手だと思うようになったんです。
ここ数日その理由をずっと考えていたんですが、きっと自分の存在価値に自信が持てないんだと思います。
存在意義を見出しきれない時があるんだと思います。
お祝いしていただけるのはとても嬉しい事だけど、妙に恐縮してしまう自分がいます。
申し訳ないな、って。
おかしな話だし、失礼なことだとは思いつつも。
そのせいで、ここ数年は誕生日が近づくにつれ意識的に自分の誕生日を口にしないようにしています。
なんとなくそう思ってやっているんですが、結局口がすべって色々な方にお祝いしてもらっています。
なんと自分は矛盾だらけな人間なんでしょうか。
お祝いされると恐縮するのに、結局心の底ではお祝いしてもらいたいんです。
自分が生まれ日をお祝いしてもらえるような人間なのかどうかと試しているのかもしれません。
だからいつも誕生日前は考えにふけって憂鬱な気持ちになるんです。
考えたって何も解決しそうなものでもないのに。
アスターの種をくださった先輩から後日メールがありました。
「君の誕生花はアスターの白ね。種はミックスだから他の色は他の人のだよ。」と。
何も考えずに読めばただ親切に教えてくれたって受け取れる文面なんですが、
私は考え込んでいる時期の真っ只中でしたので、このメールを読んで声をあげて泣いてしまいました。
私はたまに自分自身がつぎはぎのような気がするんです。
会社では取り繕った自分がいて、相手に合わせるしか能がなくて、不満があってもあまり口に出せない。
そんな私を見抜かれていて、先輩はそんな私を非難しているんだと思ったんです。
そんな私は要らないよ、って。
それで何故泣くのかは自分でもよくわかりませんが、とにかく久しぶりにわんわん声をあげて泣きました。
自分が定まらないのがたまらなくイヤです。
イヤだと思うのにうまく変えてやれない自分がもっとイヤです。
だから、悔しくて悲しくて泣くんでしょうか。
今日の誕生日のお祝いメールにだいぶ救われました。
「一本筋の通った生き方が素敵です」なんて言ってくださった方もいて、本当に嬉しくてたまらなかったです。
会社にいると出来ない自分に憂鬱になりますが、明日からまた頑張ろうと思います。
今日から23歳。
素敵な女性になりたいです。